Profile

塩島敏彦

1954年、山梨県甲府市に生まれる。
父は日本で唯一の象嵌作家である塩島東峰。幼い頃より、父の象嵌制作を近くで見る中、様々な技術に触れる。

中学、高校と地元で育ち、1973年玉川大学農学部に入学。
大学3年の時に、カリフォルニアに派遣留学生として渡米。ある暑い夏の日に、取り残したオレンジを食べた時、「何でこんなに複雑で美味しいものができるのだろう?」という思いから、自然がモノを作るプロセスに感動。モノづくりの道への関心を高める。

帰国後、父の元で修行を始め、象嵌技術を修得。
1983年、ある日見たアンティークジュエリーの文献で幻の宝飾品ピクウェに出会う。
その中で誰にも再現出来ない幻の技法であることを知り、自分が受け継ぐ特殊象嵌の技法を使っているのではないかと推測。すぐさま単身で現物を手に入れるためにイギリスに渡る。

ロンドンのアンティークマーケットでは数多くの書籍とアンティークのピクウェを買い込み、製品を徹底的に解体することでその技術を研究。
その技術に、特殊象嵌が用いられている事がわかり、3年の歳月を経て技法を確立する。

後に、宝飾史家である山口遼氏曰く、「私の知る限り、ピクウェを復元しようという試みは世界中で全くない」との言葉にあるように、世界で唯一の「pique(ピクウェ)作家」となる。

1988年には日本象牙工芸展において東京都知事賞を受賞。

Message

宝飾品の価値は『人を飾る美しさ』にある

宝飾品の持つ美しさと絵画や工芸品の美しさはどこが違うのでしょうか。
それ自身でも美しくなければ宝飾品とは呼べ ないと思いますが、宝飾品が持つ決定的な特徴…それは、人を飾るものだということです。そして人を飾る装身具としての宝飾品の「美しさ」は、人類が背負ってきた諸々な歴史の背景なしに育まれなかったことを、宝飾品の歴史が物語っています。
ですから、宝飾品の原点は、『人を飾る美しさ』にあるのではないでしょうか。
美しいからこそ人々は感動するのです。
美しい宝飾品とは、価値ある「素材(宝石)」、その素材を一層輝かせる「デザイン」、そのデザインを表現できる確かな「技術」の3つの要素が一体となって醸し出されるバランスのとれた作品のことです。宝飾品と宝石は違います。またアクセサリーは文字通り、飾りとなる付属品のことで、私はこれらを宝飾品とは呼びません。
T.SHIOJIMA COLLECTIONは、素材、デザイン、技術のバランスのとれた、そして「美しさ」が充分に表現された宝飾品を厳選してお届けいたします。

 

美しさへの創造こそが責務

日本の自動車が欧米でも高い評価を受けているのは機能商品としてのコストパフォーマンスにあると考えます。
大衆車といわれる1500ccクラスの自動車の価格は100万円前後ですが、安全基準をクリアーし、エアコン、パワーステアリング、パワーウィンドウ等を標準装備しています。その自動車一台を構成している部品類はおそらく数万点に及ぶと思いますが、宝飾品の構成部品は多くても数十点で、300万、500万という価格はめずらしくありません。
では、宝飾品の真の価値とは何なのでしょうか?
私たちが考える真の価値、それは持つことへの期待、持ったことの充足感にあります。この充足感を生みだす「美しさ」こそが新たなるコストパフォーマンスであると考えています。
そして、宝飾品の「美しさ」に人々が価値を認めてきた人類の長い歴史がこのことを証明しています。

宝飾品が持つ真の価値、それは「美しさ」…人を飾る美しさにあります。
この「美しさ」を創造することこそ、私たち宝飾品メーカーの責務であると考えています。

 

品位を輝かせる作品

古代から人は、自然の恩恵に感謝し、自然の脅威におののき、自然の中に神をも抱く生活を繰り返してきました。
家族から部族、集落、むら、国等が形成される過程で、長や王が誕生し、その墓である古墳等の埋葬品からは、多くの宝飾品が出土しています。

考古学者や歴史家の指摘を待つまでもなく、宝飾品の起源は人を「守る」という自然との共存生活の中から誕生しました。
古くから聖なるものは美しいものに近づくとされ、狩猟に赴く男性は身を飾りましたし、「ピクウェ」も司祭を飾るために作られるようになったのが始まりです。

そして、守る力を強めるためさらに美しくなった宝飾品は、女性を飾るものになりました。
子孫を残すために子供を宿す女性は守るべきものです。守るべき女性を美しく飾ることは然るべきなのです。

私にとって女性の美しさとは品位。
その品位を輝かせるために、私は普遍的でゆるぎない美しさを追及し、作品に込めています。