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Pique(ピクゥエ)とは
- ピクゥエとは、べっ甲や蝶貝、象牙、水牛のような有機素材の表面に、金や銀、貝などを象嵌(ぞうがん)した技法のこと。
- 語源は、フランス語でつっつくという意味。(登山のピッケル、氷を砕くアイスピックなどと同様)ピクゥエが最初
にフランスで作られたことと製造方法に由来すると思われる。
Pique(ピクゥエ)の歴史
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いつ頃から作られ始めたのかは定かではないが、16世紀末頃からフランスのカルヴァン派によって、聖職者へ献じる為に作られ始めたとされる。その後1685年ナント勅令が廃止され、多くのユグノー教徒がフランスからイギリスへ亡命し、その中にPique(ピクゥエ)職人が数多く含まれていたため、それ以後イギリスで盛んに作られるようになった。Pique(ピクゥエ)のデザインや製品は時代により変化し、そのデザイン等により作られた時代がおおよそ類推することができる。
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初期(17世紀)の頃には、ほとんどがべっ甲にピクゥエポイントと言われる小点の金属パーツで構成されたデザインであった。
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中期(18世紀)に入ると、ピクゥエポゼ(点以外のパーツの事)も使われるようになり、渦巻模様、田園風景、古典文学 の人物、フラワーバスケットなどが人気を集める。
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18世紀中期になると、東洋趣味、東洋的デザインが多くピクゥエに取り入れられるようになる。
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18世紀末のナポレオン時代に、象牙のピクゥエがしばしば作られるようになるが、象牙が高価なことやべっ甲よりも技術的に難しいことなどから、数としてはあまり作られなかった。
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16〜18世紀のピクゥエは、宝石箱や家具等が貴族や一部の金持ちのためだけに作られ、装身具はほとんど作られなかった。
- 後期(19世紀)に入ると、それまで作られていたピクゥエの宝石箱とか家具等は、時代の好みに合わなくなり、あまり作られなくなる。しかし、19世紀半ばになると、ピクゥエは突然装身具・宝飾品として脚光を浴びるようになる。
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1860年頃にはピクゥエの櫛が大流行し、以後ドレスのバックルやボタン、ブローチが大流行する。
- 1870年頃にバーミンガムの宝石業者が量産するようになり、一般の人々の間でも装身具・宝飾品として大流行した。
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流行は19世紀末頃まで、約20年間続いた。
- その後、時代の変化と共にピクゥエは装身具の歴史から姿を消す。
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19世紀末頃に姿を消したピクゥエの製造方法は、中世ヨーロッパにおいて一家相伝で代々受け継がれてきたため、その技術もピクゥエ職人達と共に完全に途絶えてしまった。
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技術が途絶えてしまってから現代までの100年の間に、多くの宝飾職人達が、再びピクゥエを作り出すために何度も製作することを試みたが全て失敗におわり、結局再現することの出来ない幻の技術として現在に至ったのである。
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今日までアンティークとして一部のコレクターの手に残っている他、大英博物館に展示されている。しかしキズのない完成品は、今ではアンティーク市場でもあまり見ることができない。
象嵌(ぞうがん)とは
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基となる素材に材質の異なる素材を嵌め込むことを総称して象嵌と呼ぶ。この技法は、古くは古墳時代より行われてきた。日本では、建築装飾金具や武具などにその技法が生かされ、特に武士の鎧や刀剣に重点が置かれてきた。
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武具等に使われている象嵌技法は、母材(鉄等の固い金属)の上に嵌め込みたい金属(金等の柔らかい金属)のかたちを、入り口を狭く内部を広く彫る。その彫った部分に嵌め込みたい金属をたたき込む。柔らかい金属がたたき込まれることにより内部の広い部分に広がり食い込み外れなくなる。通常の象嵌は、この様な固い金属と柔らかい金属との組合せがほとんどである。
塩島敏彦のPique(ピクゥエ)
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父親が象牙に象嵌彫刻を施す特殊象嵌技術を持つ作家であったため、(美術名鑑参照:塩島東峰)父親に師事して、その特殊技術を身に付けることが出来た。
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特殊象嵌技術とは、金属同志ではなく、有機素材(象牙やべっ甲等)と金属(金、銀等)の象嵌のこと。
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特殊象嵌の難しさは、素材が有機素材であるため、材質が均一ではなく収縮率も異なり、材質を熟知した上でのいろいろな特殊技術が要求されてくること。また、母材が柔らかいため、金属同志の象嵌のように単純にたたき込むと母材が破損してしまうこと等
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この特殊象嵌の技法を行える作家は、現在世界でもほとんどいない。
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ピクゥエをアンティークジュエリーの文献で、誰にも再現出来ない幻の技法であることを知り、自分が受け継ぐ特殊象嵌の技法を使っているのではないかと推測し、早速、現物を手に入れるためにロンドンへと渡英した。
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ロンドンのアンティークマーケットをまわり現物を手に入れて研究した結果、やはりピクゥエは、基本的には特殊象嵌の技術を使っていることが判明した。
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その後3年の研究開発の結果、試作品から商品ベースの生産技術を確立し、現在にいたる。
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ピクゥエの復元の難しい理由は、有機素材が収縮など常に動きがあり、性質が均一でなく、個々に違うその性質を見ながら金や銀を嵌め込んでいかなければならないことで、非常に手間のかかる高度な技法であること。(特殊象嵌技術)
また、金属パーツを如何に細かく美しく作るか、またそれを如何に緻密にきれいに嵌め込んでいくかということから、工業生産には乗せにくい。(塩島敏彦独自の技術開発)
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復元されたピクゥエは、枠はK18、Pt900を使用。象嵌部分は、純金と純プラチナを使用している。
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塩島敏彦による特殊な技術開発により復元したピクゥエは、コントラストの美と繊細なデザインの美しさをもち、昔のピクゥエを超える商品展開が望めるものである。
Pique(ピクゥエ)と比較される技法
- ■金蒔絵
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漆の上に金粉を落として、漆で固める漆細工のバリエーション。磨いても金粉の輝き(つや消し)しか出せない。素材の上に漆をかぶせてしまうので、タガネ(金版の上に彫りを入れる)やストーンは入らない。また輝きが異なるので、金属の枠は付けにくい。
- ■金箔細工
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箔を貼付けて漆でかためる。タガネは、線でしか入らない。
- ■布目象嵌
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京象嵌、肥後象嵌と呼ばれるもの。タガネでやすり状に目を立てた鉄板などに、金箔、銀箔を押さえたり叩いたりして貼り、漆で塗ってから焼き固めて磨きだしたもの。スペインのトレドの象嵌装身具もこの方法で漆のかわりにエナメルを使っている。
- ■Pique(ピクゥエ) [ 輝きの魅力 ]
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金板を嵌め込んでいるので磨き込んだ金属の輝きがある。金板には自由にタガネが入れられるので、モチーフが生きてくる。同じ金属の輝きを持つ枠が付けられ、ストーンも入れることが出来る。
Pique(ピクゥエ)に使われる母材について
- 1.べっ甲
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南洋を回遊する海亀の一種である「たいまい」の甲羅を用いた細工もの。「たいまい」は、英語名を「鷹の嘴」と言うほど鋭い口を持った亀で、赤道付近の太平洋、大西洋に生息している。日本には、現地で捕獲され、甲羅の状態で輸入される。「たいまい」の背中は、中央に5枚、左右に8枚、周辺に25枚の甲片からなっている。中央と左右を背甲、周辺を爪、そして腹部を腹甲と呼ぶ。製品は色によって分けられており、黒い背甲のみのものは黒甲、透明度の高い白い部分は白甲、茶色の濃い部分は飴甲、飴地に黒の文様が入った部分をばらふ甲と呼ぶ。亀の甲羅の1枚の厚みは数ミリほどだが、重ね合わせて厚いものを作ることもできる。現在では、野生生物の保護と資源確保の問題から、日本のべっ甲組合がパラオにおいて「たいまい」の養殖と放流を行っているが、平成5年1月1日より全面輸入禁止となり、以後国内在庫を消費するだけとなる。年間使用量から推定して訳20年は供給が可能と考えられている。
- 2.象牙
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象牙はインド象とアフリカ象のものに分けられるが、現在使用されているものはほとんどがアフリカ象のものである。材質によっては、ハード材とソフト材に分けられる。ハード材は硬く、緻密で粘りがあり、透明感がある。また、ねじれや曲がりに対する安定性等においてもソフト材よりすぐれている。通常装身具用としては、牙の外側の目の荒い部分を用いるが、ピクゥエに使う場合は内側の良質の部分を使用している。日本の象牙組合では、象の密猟取締りのため長年ワシントン条約サイティス事務局に寄付を行ってきたが、平成1年10月1日より象牙は全面輸入禁止となり、現在では日本国内に在庫されているものを使用している。10年ぐらいの供給が可能と考えられていたが、平成11年3月より国内法が整備されている日本にかぎり、一部解禁されることがワシントン条約締約国会議で決定された。
- 3.蝶貝
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蝶貝には大きく分けて白蝶貝と黒蝶貝の2種類があり、どちらも南洋真珠の母貝として南太平洋で現在も養殖されている。区別は字の通り色合いが異なることで容易である。ピクゥエに使用されている蝶貝は、通常のアクセサリー、ボタン等に使用されているものと異なり、色目の美しいところを特に厳選しているため、原材料から使える部分は5%ほどである。
- 4.パール
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ピクゥエに使用するパールは、白蝶貝、黒蝶貝から取れる南洋パールを使用している。ピクゥエではパール本体に象嵌をするので、ある程度の大きさ(12mm玉以上)が必要である。またパール自体を彫っていくため、非常に巻の良いものが求められる。(色抜き加工したものは材質が劣化するためピクゥエの加工は出来ない)
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